こんにちは。Hatch Dental Clinic 院長の平沼です。
「神経を取ると、歯が枯れ木みたいになって割れちゃいますよ」
——歯科医院でこう説明された経験のある方、多いのではないでしょうか。僕自身、学生の頃はそう習いました。今でもこの説明をされる先生はいらっしゃると思います。
ただ、この説明は文献上、正確ではありません。
「じゃあ神経を取っても大丈夫なの?」というと、それも違います。少しややこしいので、原著論文をたどりながら順番に整理していきます。
- 歯髄を失っても、歯そのものが直接的に脆くなるわけではありません。複数の研究で、有髄歯と無髄歯の機械的性質に有意差はないと報告されています
- 「枯れ木になる」説の根拠は1972年の研究(水分量が約9%少ない)ですが、その後の検証では差が確認されませんでした
- 歯が割れやすくなる本当の理由は「歯質をどれだけ失ったか」。根管治療の穴による剛性低下は約5%、一方でMOD窩洞形成では約63%も低下します
- ただし歯髄を失うと、痛みに気づけない・噛む感覚が鈍る・細菌への防御を失うといった別の問題が生じます
- だから結論は変わりません。可能な限り、歯髄は残すべきです
「神経を取ると弱くなる」は本当か
歯の神経(歯髄)は残した方がいい。これは間違いなくその通りです。
では、なぜでしょうか。「歯の強度が低下するから」と聞いたことがある方も多いと思います。
ですが、歯髄がないからといって、それ自体が直接的に歯の強度を下げるわけではありません。
昔から(今でも先生によっては)、こう説明されることが多いはずです。
「歯髄をとってしまうと、歯が枯れ木のようになってしまって、水分や栄養がなくなってしまうので強度がなくなっちゃうんですよ。強度が弱くなると、歯が割れちゃったり歯根破折したりしちゃいますよ」
嘘、ではないのかもしれません。でも正解でもありません。この点は、実は随分と昔から検証されています。
「枯れ木になる」説はどこから来たのか
この説の出発点になったのが、1972年のHelferらの研究です。有髄歯(歯髄が残っている歯)と無髄歯(歯髄がない歯)の水分量を比較したもので、無髄歯は硬組織の水分量が約9%少なかったと報告されました。
そして著者らは「一度失われた水分は回復しない」と結論づけています。ここから「神経を取った歯は乾いて脆くなる」というイメージが広まりました。
無髄歯は硬組織の水分量が有髄歯より約9%少なく、失われた水分は回復しないと報告。
ただし、ここで押さえておきたいのは「9%少ない」というのは、水分量の絶対値がゼロになるという意味ではないということです。そして次に問題になるのは、「その差が本当に歯の強さに影響するのか?」という点です。
これについては、否定的な報告が出ています。
水分量の違いおよび歯内療法の有無は、ヒト象牙質の機械的性質に有意な影響を与えなかった。
つまり、「枯れ木のようになる」というのは、水分量という点ではある意味で間違っていないのかもしれません。しかしその差が強度に影響しているわけではないため、歯が割れやすくなる理由にはならないのです。
「歯髄から栄養が届かなくなるから脆くなる」という説について
もう少し踏み込んだ説明として、「歯髄がなくなると象牙質に栄養が供給されなくなり、そのために強度が落ちる」という説があります。水分だけでなく、象牙細管を通じた栄養供給やコラーゲンの性状変化まで含めた考え方です。
この説を支持する報告は確かに存在します。先ほどのHelferらの研究に加えて、無髄歯では象牙質コラーゲンの架橋構造に変化が起こるのではないか、という仮説も提唱されました。
ただ、その後の検証研究では、いずれも「差がない」という結果が続いています。
有髄象牙質の水分量は12.4%、無髄(根管治療済み)象牙質は12.1%。統計学的な有意差は認められなかった。
正常歯と無髄歯の間で、象牙質コラーゲンの架橋量に有意差は認められなかった。
同一人物の左右対称の歯(根管治療済み23本 vs 有髄の対側歯、治療後平均10.1年)で比較。剪断強度・靭性・破折荷重のいずれにも有意差なし。硬さのみ有髄象牙質が3.5%高かったが(p=0.002)、著者らは「歯内療法によって歯が脆くなるとはいえない。破折には他の要因のほうが重要である」と結論している。
特に3つ目のSedgleyとMesserの研究は、同じ人の左右の歯を比べている点が重要です。個人差の影響を除いたうえで、しかも治療から平均10年経過した歯で比較しても、機械的性質に差がなかった。これは強い反証といえます。
現時点での整理としては、こうなります。
- 栄養供給の途絶による脆弱化を示唆する報告は存在する(1970〜80年代を中心に)
- しかし1990年代以降の検証研究では、水分量・コラーゲン架橋・機械的性質のいずれにも有意差が確認されていない
- あったとしても、その影響は臨床的に問題になるレベルではないと考えられている
- 実際に破折を左右しているのは、次にお話しする「歯質をどれだけ失ったか」である
ここは今でも書籍によって記述が分かれる部分ですし、僕自身「昔はそう習った」側の人間です。ただ、原著をたどると反証のほうが方法論的にしっかりしているというのが、現時点での僕の理解です。
では、なぜ根管治療をした歯は割れやすいのか
ここまでで「歯髄がなくなること自体は原因ではない」という話をしてきました。では、実際に無髄歯の破折が多いのはなぜでしょうか。
これも昔からきちんと解明されています。根管治療を専門にしている先生であれば、知らないはずのない有名な論文があります。
(歯内療法や修復処置に伴う歯の剛性の減少)
抜去歯に非破壊的な咬合荷重を加え、処置ごとに剛性がどう変化するかを測定した研究。
結論だけまとめると、こうなります。
| 処置の内容 | 剛性の低下 |
|---|---|
| 根管治療のアクセス窩洞(歯髄まで達する穴) | 約 5% |
| 咬合面の窩洞形成 | 約 20% |
| MOD窩洞形成(両隣接面を含む) | 平均 63% |
出典:Reeh ES, Messer HH, Douglas WH. J Endod. 1989;15(11):512-6.
数字を並べると一目瞭然です。根管治療のために開ける穴が歯の強度に与える影響は、わずか5%。一方で、詰め物のために歯を削るほうが、桁違いに大きく強度を落としています。
特に影響が大きいのが辺縁隆線(歯を取り囲んでいる縁の部分)の喪失です。ここが失われると、歯は一気に強度を失います。
そして——ここが本質なのですが——歯髄を取らざるを得ないほどのむし歯ということは、その時点ですでに大部分の歯質を失っているということです。
つまり因果関係は、こう整理できます。
- ✕ 神経を取った → 歯が脆くなった → 割れた
- ◯ 歯質を大きく失った → その結果として神経も取ることになった/同時に強度も落ちた → 割れた
「神経を取ったから割れた」のではなく、「割れるほど歯質を失った歯だったから、神経も取ることになった」。順序が逆なんです。
だから、歯科医師側にできること
このことから、我々にできるのは次の3つです。
- なるべく健康な歯質を残すこと
- アクセス窩洞は、根管治療の妨げにならない範囲で最小限に
- 適切な補綴処置(詰め物・被せ物)を行うこと
こうして書き出してみると、実は何も特別なことはありません。丁寧に処置を行う。それに尽きます。
強度以外に、歯髄を失うことで起こる問題
ここまで「強度は落ちない」と書いてきましたが、だから神経を取っても平気、という話ではありません。
歯髄を失うと、強度とは別に次のような問題が生じます。
- むし歯による痛みに気づけなくなる——再発しても自覚症状が出ないため、発見が遅れます
- 噛んだときの感覚が鈍くなる——歯根膜の感覚は残りますが、歯髄由来の細かな知覚は失われます
- 細菌に対する防御機構を失う——歯髄は免疫応答の役割も担っています
そのため、やはり可能な限り歯髄は保存すべきだと考えています。当院でラバーダムやマイクロスコープを使って歯髄温存療法に取り組んでいるのも、この理由からです。
根管治療した歯を長持ちさせるために
根管治療後の歯は、丁寧に処置され、しっかりと補強されていれば「弱い歯」ではありません。むしろ適切なアフターケアをしていけば、10年・20年と機能させることも十分可能です。
ポイントは次の4つです。
- 適切な土台(コア)を選ぶ——ファイバーポストは象牙質に近い弾性率を持つため、歯根への応力集中が起こりにくいとされています
- 噛み合わせの力が強い方はナイトガードを活用する
- 定期検診でトラブルを早期に発見する——痛みを感じない歯だからこそ、定期的なチェックが重要です
- 補綴物のフィットや接着性にも注意を払う——わずかな隙間から細菌が侵入し、再感染や二次むし歯につながります
こうした小さな積み重ねが、歯の寿命を大きく左右します。
よくある質問
神経を取ると歯は枯れ木のように脆くなるのですか?
文献上、そうとは言えません。1972年のHelferらの研究で無髄歯の水分量が約9%少ないと報告されたことがこの説の出発点ですが、その後のPapaら(1994年)の研究では有髄歯12.4%・無髄歯12.1%と統計学的な有意差は認められませんでした。
さらにSedgleyとMesser(1992年)が同一人物の左右対称歯を比較した研究では、剪断強度・靭性・破折荷重のいずれにも有意差はなく、「歯内療法によって歯が脆くなるとはいえない」と結論づけられています。歯が割れやすくなる主な原因は、水分ではなく歯質の喪失量です。
根管治療をすると、どのくらい歯の強度が落ちますか?
根管治療そのものによる強度低下はごくわずかです。Reehらの研究(1989年)では、根管治療のために開ける穴(アクセス窩洞)による剛性の低下は約5%にとどまりました。
一方、咬合面の窩洞形成では約20%、隣接面を含むMOD窩洞では平均63%も剛性が低下しています。つまり強度を大きく左右するのは根管治療ではなく、むし歯や詰め物のためにどれだけ歯を削ったかです。
それなら神経は取ってしまっても問題ないのですか?
そうではありません。強度の話とは別に、歯髄を失うことで「むし歯の痛みに気づけなくなる」「噛んだときの感覚が鈍くなる」「細菌に対する防御機構を失う」といった問題が生じます。
また、神経を取らざるを得ないほど進行したむし歯は、その時点ですでに多くの歯質を失っています。可能な限り歯髄は保存すべきです。
根管治療をした歯はどのくらい持ちますか?
残っている歯質の量、被せ物の適合、噛み合わせの力によって大きく変わります。丁寧に処置され、残存歯質が確保され、適切に補綴されていれば10年・20年と機能させることは十分可能です。
逆に歯質が大きく失われている歯は、どれだけ根管治療がうまくいっても破折のリスクが残ります。
土台(コア)は何を選べばいいですか?
残存歯質の量と部位によって適切な選択は変わります。一般にファイバーポストは象牙質に近い弾性率を持つため、金属ポストに比べて歯根への応力集中が起こりにくいとされています。
ただし、土台の種類より「どれだけ健康な歯質が残っているか」「フェルール(被せ物が歯質を抱え込む部分)が確保できるか」のほうが予後への影響は大きいと考えられています。
割れないようにするために自分でできることはありますか?
歯ぎしり・食いしばりの自覚がある方はナイトガードの使用が有効です。硬いものを繰り返し噛む習慣も負担になります。また、被せ物のわずかな不適合や二次むし歯は自覚しにくいため、定期的なチェックで早期に見つけることが重要です。
まとめ
根管治療をした歯は「弱くなる」と語られがちです。でも実際には、歯そのものが脆くなるのではなく、治療後の設計とケア次第で運命が大きく分かれる——それが文献から見えてくる姿です。
神経を取らざるを得なかった歯を、もう一度口の中で機能させていくためには、「根管治療+適切な補綴」という設計の再構築こそがカギになります。
そこには、どれだけ丁寧に治療されたか、どんな素材で補強したか、噛み合わせや咬合力のリスクを把握しているか——といった「見えない部分のこだわり」が効いてきます。
「根管治療=歯が弱くなる」と思って治療を避けてしまうのは、本当にもったいないことです。正しい知識と丁寧な治療があれば、根管治療を受けた歯でも長く快適に使い続けることは十分可能です。
わたしたちは、そうした「一本の歯を最後まで守る治療」を大切にしています。
参考文献
- Helfer AR, Melnick S, Schilder H. Determination of the moisture content of vital and pulpless teeth. Oral Surg Oral Med Oral Pathol. 1972;34(4):661-70.
- Huang TJ, Schilder H, Nathanson D. Effects of moisture content and endodontic treatment on some mechanical properties of human dentin. J Endod. 1992;18(5):209-15.
- Sedgley CM, Messer HH. Are endodontically treated teeth more brittle? J Endod. 1992;18(7):332-5.
- Papa J, Cain C, Messer HH. Moisture content of vital vs. endodontically treated teeth. Endod Dent Traumatol. 1994;10(2):91-3.
- Rivera EM, Yamauchi M. Site comparisons of dentine collagen cross-links from extracted human teeth. Arch Oral Biol. 1993;38(7):541-6.
- Reeh ES, Messer HH, Douglas WH. Reduction in tooth stiffness as a result of endodontic and restorative procedures. J Endod. 1989;15(11):512-6.
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