初診時年齢:60代
性別:男性
主訴:外れない入れ歯を作りたい。入れ歯の床(ピンク色の樹脂の部分)をできる限り小さくしたい
治療期間:13ヶ月(上下あわせて)
費用:270万円(税抜)/税込297万円 ※上顎4本・下顎2本のインプラントと、上下の義歯製作を含めた総額です
治療のリスク:術後の感染、インプラントが骨と結合せず脱落(ロスト)する可能性、義歯やアタッチメント部品の摩耗・破損、定期的なメンテナンスが必要になること
副作用:術後の腫れ、痛み、出血、内出血
治療内容/装置:上顎4本・下顎2本のインプラント埋入+ロケーターアタッチメントによるインプラントオーバーデンチャー(自由診療)
ビフォー:初診時。残っている歯が少なく、噛み合わせが失われた状態
アフター:上下インプラントオーバーデンチャー装着から1年経過時
ご相談の内容
この患者様のご希望は、はっきりしていました。「外れない入れ歯にしたい」「入れ歯の床をできるだけ小さくしたい」の2つです。
入れ歯が外れる、話しているとずれる、上あごを覆う樹脂が邪魔で味や温度が分かりにくい——これは総義歯(フルデンチャー)を使っている方から本当によく伺うお悩みです。従来の入れ歯は、歯ぐきと粘膜に「吸着」させることで支えているので、支える面積を減らすと安定も減ってしまう。この2つは、通常の入れ歯では両立が難しい関係にあります。
そこで今回は、インプラントを支えに使う「インプラントオーバーデンチャー」をご提案しました。
インプラントオーバーデンチャーとは
顎の骨に埋めたインプラントを土台にして、その上から入れ歯をかぶせる(オーバーする)方式の治療です。入れ歯自体は取り外しができますが、装着している間はインプラントにしっかり固定されるため、動いたり外れたりしにくくなります。
すべての歯をインプラントで置き換える方法(1本ずつ埋入する方法)と比べると、必要なインプラントの本数を大きく減らせるのが特徴です。埋入本数が減れば、外科的な負担も費用も抑えられます。また、取り外して洗えるので、ご自宅での清掃がしやすいという実用的な利点もあります。
下顎の総義歯に対して2本のインプラントで支えるオーバーデンチャーは、2002年に発表されたマギール・コンセンサス(McGill Consensus Statement)、および2009年のヨーク・コンセンサスにおいて、無歯顎の下顎に対する第一選択の治療として提言されており、国際的に広く用いられている方法です。
ロケーターアタッチメントという選択
インプラントと入れ歯をつなぐ部品を「アタッチメント」と呼びます。今回採用したのはロケーターアタッチメントという方式です。
インプラント側に凸型のパーツ、入れ歯側に凹型のパーツを取り付け、押し込むとカチッとはまる構造になっています。ボタンをはめるような感覚とお考えいただくと近いです。
ロケーターを選ぶ理由はいくつかあります。
・背が低く、入れ歯の中に収まりやすいため、入れ歯を薄く作れる
・保持力(はまる強さ)の異なる部品が用意されており、患者様の使用感に合わせて後から調整できる
・インプラントの埋入方向が多少ずれていても許容できる
・摩耗した部品だけを交換できるので、メンテナンスの負担が小さい
なぜ入れ歯の床を小さくできるのか
従来の総義歯が大きくならざるを得ないのは、粘膜との吸着だけで支えているからです。とくに上顎は、上あご全体を覆う「口蓋(こうがい)」の部分がないと安定しません。ここが厚くて熱が伝わりにくく、食事の楽しさを損なう一因になっています。
インプラントで支えが得られると、この吸着に頼る割合を減らせます。今回は上顎に4本埋入することで支えを分散させ、口蓋部分を大きく開けた設計にすることができました。写真の上顎(上段)をご覧いただくと、真ん中が開いた形になっているのが分かると思います。
下顎は2本です。下顎の総義歯は、舌が動くたびに持ち上がりやすく、そもそも安定しにくい部位ですが、正中の左右に2本入れるだけでも安定感は大きく変わります。
従来の総義歯との違い
・安定性:粘膜への吸着のみ → インプラントによる固定が加わる
・床の大きさ:広い面積が必要 → 支えが分散するため小さく設計できる
・外科処置:不要 → インプラント埋入手術が必要
・費用:保険適用の選択肢がある → 自由診療
・メンテナンス:調整・裏打ち → 上記に加え、アタッチメント部品の定期交換
どちらが優れているという話ではなく、骨の状態、全身の健康状態、ご予算、そして「何を一番改善したいか」によって適した方法は変わります。全身疾患のコントロール状況によっては、インプラントをお勧めできない場合もあります。
この症例で行ったこと
まずCTで顎の骨の量と形、神経や上顎洞の位置を三次元的に確認し、埋入する本数と位置を決めました。上顎4本・下顎2本という設計は、この診断の結果として決まったものです。
インプラントが骨と結合するのを待つ期間を経て、ロケーターアタッチメントを装着し、上下の義歯を製作しました。義歯そのものは、当院が連携している義歯専門技工士と設計を詰めています。インプラントで支えが取れるからといって、義歯の精度が要らなくなるわけではありません。噛み合わせが狂っていれば、その力はすべてインプラントに集中します。
治療期間は上下あわせて13ヶ月でした。掲載している写真は、義歯完成から1年が経過した時点のものです。
この治療のリスクと注意点
外科処置を伴う治療ですので、術後の感染、腫れ、痛み、出血のリスクがあります。また、埋入したインプラントが骨と結合せず脱落する(ロストする)可能性もゼロではありません。喫煙、コントロールされていない糖尿病、重度の歯周病の既往などは、この可能性を高める要因として知られています。
治療後も、アタッチメントの部品は使用に伴って摩耗するため、定期的な交換が必要です。インプラント周囲炎(インプラントの周りの歯ぐきと骨の炎症)を防ぐためにも、定期的なメンテナンスにお越しいただくことが前提の治療とお考えください。
治療期間および結果には個人差があり、効果を保証するものではありません。
インプラント治療そのものについてはインプラント治療のページで、費用については料金表で詳しくご説明しています。
※本症例は自由診療(保険適用外)です。※費用は治療当時のものです。現在の料金は料金表をご覧ください。